滋賀県 長浜城の歴史






滋賀県 長浜城 (長浜城歴史博物館)
天正元年(1573)9月浅井長政滅亡後、湖北を支配した羽柴(豊臣)秀吉は、姉川合戦と小谷攻めの功績により浅井氏の領国の大部分を与えられ小谷城に入った。 そして翌天正2年夏には、今浜に築城を開始している。材木は竹生島などから運び、石材は領内から集められ、石仏や五輪塔などの墓石まで使用された。 天正3年秋頃に秀吉は小谷から今浜城に移り、地名を長浜に改めて天正10年まで在城した。
天正10年には、清洲会議で長浜城は柴田勝家に譲られ勝家の甥、勝豊が入城したがその年の11月、秀吉は勝豊を攻めて、翌年の柴田勝家との賤ヶ岳合戦の軍事拠点としている。
天正13年から18年まで山内一豊が城主となり、その移封後は次第に荒廃した。
慶長11年(1606)には、徳川家康の異母弟内藤信成が城主となり大修築を行う。慶長17年その子信正が城主となるが、元和元年(1615)摂津高槻城の移封によって長浜城は湖北支配の役割を彦根城に譲って使命を終えた。
廃城後、石材、櫓材などは彦根城などに運ばれ長浜城は完全に失われた。
現在の長浜城は、昭和58年に再興され、市立長浜城歴史博物館として開館している。
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